マニアックレポート

六曜、気になさいますか?

2008年11月15日、七五三の日。今年は、数年ぶりに週末、土曜日に巡ってきました。六曜は、「先負」。「大安」や「友引」ではありませんが、朝からお着付けのご予約が多く、忙しい一日になりました。翌日の日曜日は、「仏滅」。ぐっとご予約は減り、やはり六曜、つまり日柄を気になさる方がまだまだ多いことを感じさせます。あまり気にしすぎるのもいかがなものかという話を少し・・・。

「六曜」とは、その名の通り、六つの曜日が繰り返す選日法です。つまり、お日柄を占う方法とでもいったらよいでしょうか。「先勝」「友引」「先負」「仏滅」「大安」「赤口」の順に一日ずつ割り振られ、また「先勝」に戻ります。スタートは旧暦の月日に対応して決められています。旧暦一月と七月の一日(朔日)は「先勝」で始まり、「友引」「先負」「仏滅」「大安」「赤口」の順に進みます。同じく旧暦の二月と八月は「友引」からスタート。三月と九月は「先負」から、四月と十月は「仏滅」、五月と十一月は「大安」、六月と十二月は「赤口」からそれぞれスタートします。いたって単純。

単純でなく見えるのは、現在の暦が太陽暦だから。現在のカレンダーを見ると、「先勝」「友引」「先負」「仏滅」「大安」「赤口」の順が途中で狂う日があります。それが旧暦の各月一日(朔日)に当たる日で、カレンダーには旧暦の日にちの表示はないため、六曜を何か神秘的なものに見せていいます。明治の改暦以前、旧暦だった時代には、暦の中で日にちと六曜は単純に並んできたはずで、現在の七曜「日月火水木金土」とさほどの違いはなかったはずです。

この単純な六曜が大きくクローズアップされるようになったのが「明治の改暦」の際。明治六年(1873)に、それまでの太陰太陽暦から現在の太陽暦が正式に採用されました。もちろん西洋に習い、文明開化の名の下におこなわれた施策です。その際、古い暦に表示されていたさまざまな選日法(二十八宿・十二直・選日)は、すべて禁止されることに。そして、代わりに暦に登場したのが、この「六曜」だったのです。なぜ明治新政府は、迷信として「選日法」を退けながら、「六曜」を暦に登場させたのでしょうか??

明治以後の新しいカレンダーに「六曜」が登場したわけ。これは、当ホームページ管理者の個人的な見解ですが、西洋の近代国家の仲間入りをするため、市民に六日に一度仕事を休ませるためだったのではないでしょうか。キリスト教の礼拝日、日曜に仕事を休むということを開国間もない日本人に根付かせるのには時間が必要。「仏滅」は休み・・・という方が、明治新政府にとっては近道です。経過時間とともに七曜の日曜休日が根付き、六曜の方は選日法的な要素だけが残った・・・というのが当ホームページの推論です。

つまり、日月火水木金土の七曜とさほどの違いのない六曜にあまり人生を左右されるのは、いかがなものかと。旧暦で日にちが決まっている行事の六曜は必ず毎年同じになります。「十五夜」は、毎年必ず「仏滅」。それでもあなたは信じますか・・・?

 
 
 
 

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