いまだ嫁ぎ先の決まっていないこの作品について説明させていただきます。私達、東京で着物の染色にかかわる者が20名ほど集まり日本全国に向けて、東京が京都や金沢にならぶ産地であることをアピールしようとしだしたのが、1993年頃。中心になってくださったのが、国立博物館の名誉館員であり、日本伝統工芸展の審査委員でもあり、共立女子大教授等、肩書きが数えきれない程おありの北村哲朗先生でした。
先生を中心に、京都や加賀と違った東京の染めをアピールしようと研究会を重ね、いよいよ実際の製作に取りかかろうとしていたときでした。1998年の2月、東京の手描き友禅の年に一回の発表の場である「染芸展」が開かれている時、突然、北村先生が亡くなられてしまいました。77才。直前まで元気に講演等で全国飛び回っておられたのに肺ガンということで、とても信じられない思いでした。
各自、振袖一点と訪問着一点を持ち寄って展覧会をしようとしていたのですが、それも空中分解してしまいました。先生のご苦労に報いるため、なんとか形にしようとして作ってみたのが、この作品です。帯をしめたとき、着物の模様が隠れてしまわないように、着物と一体化した帯をつくりました。着る方が、薔薇の精になったような着物。前側の花心は、着る人の心臓のあたりにくるようにと思ってデザインしました。
そういうわけで、北村先生の思い出と相まって、この振袖は大変、印象深いものです。





























