振袖(想い出キモノ館)

野口啓子さんの想い出

母と叔母が見立ててくれた私の振袖です。洋品店をしていた叔母は、着物好きな粋な人で、私の着物は、この振袖に限らずいつも叔母が見立ててくれていました。 当時の成人式のスタイルと言えば、新日本髪の決まり切ったもの。私は、それがイヤでイヤでたまりませんでしたが、どの美容室でも決まってこの髪型。やむを得ず、この髪型になりました。今でこそ、自由に髪型を選び、楽しむことができますが、当時その自由はありませんでした。

せめて記念写真だけは、地元の写真館でなく、評判だった船橋のスタジオへ友人と足を延ばしました。そのままデパートのレストランで食事をしたことを覚えています。

酪農をやっていた私の実家。父と母は不器用な人間で、多くを語りませんでしたが、それでも祝福する気持ちは伝わったものでした。着物は当時から高価なもの。私は長女でしたが、それでも両親は、大変だったろうと思います。今のような裕福さはなかった時代。その時の親の苦労が、自分が家計を預かるようになって、ようやくわかるようになりました。成人の日は、今でこそ、ご両親が送り迎えをしてくれますが、当時の私は一人で出かけ、美容室、式典会場、写真館と歩いてまわりました。今思えば、少し背伸びをしていたのかも知れませんし、両親が働いていたためそうする他なかったのかも知れません。こうして思い起こすと、いろいろなことが目に浮かびます。

館長からのメッセージ

しっかり者の野口さん。二十歳の頃から変わっていないのですね。

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