両親が私のために見立ててくれた振袖です。当時、母が野菜の行商でご縁のあった船橋の呉服屋さん。そこのご主人がわざわざ家まで来てくださり、何枚かの着物を見せてくださいました。しかし、すでに母には意中のものがあったらしく、母の言うままに、この振袖を誂えることになりました。 私の成人の時に初めて、八千代市民会館での式典が行われました。市長さんや議員さんのご挨拶、そして、フォークソングの男性デュオのコンサートなどのイベントも今のようにありました。ただ、現在のように外でしゃべっている風景はありませんでしたね。式の後、友人と成田山にお参りに行ったことを覚えています。
しばらく眠っていたこの振袖ですが、この春、娘が袖を通してくれました。娘の成人の時には新しい着物を誂えてあったのですが、大学の助手をしている娘は、謝恩会で毎年振袖を着ており、たまには違う着物をということで、私の着物の出番となったわけです。娘が私の振袖を着てくれ、とても嬉しく思っています。私の実家の両親も健在で、孫が“あの”振袖を着てくれたことを、喜んでくれたと思います。






























