振袖(想い出キモノ館)

尾下理恵さんの想い出

両親と共に振袖の展示会に足を運んだのは、私が19歳の秋のことでした。

呉服の卸問屋が一同に集まって開いたかなり大規模な展示会で、広い会場一面に、仮絵羽仕立てになった振袖が何百枚と重ねられ、それはまるで豪華な絹の波のようでした。係の人が、母と話しながら、その絹の波からこれはと思うものを次から次へと引っ張り出します。畳んだ絵羽をパサッ、パサッと振りさばく度に、畳の上には目にも鮮やかな振袖が幾枚も広げられていきます。それは19歳にして初めて経験した、夢のように美しい世界でもありました。

その中で、私がことのほか気に入った一枚がありました。日本を象徴する花、そして私の誕生月11月の花である菊が紺の地に一面に手描きで表現された、古典的な柄ゆきの京友禅の一品でした。金彩や刺繍を一切用いず、地を埋め尽くすかのように描かれた菊の花が圧倒的な量感をもって見るものに迫ってくる、いわば一枚の着物そのものが持つ「力」に、私は強く惹きつけられてしまったのです。どうしてもそれが欲しくて、他のものには目もくれなかった私でしたが、母は快くうなずいてはくれませんでした。予算を遥かにオーバーした値段がついていたからです。「どうしてもこれが欲しい」「うーん、お値段が・・・。これはあきらめなさい」「嫌っ!絶対にこれっ!」と、絵羽を握って離さない私と母の間で暫く押し問答が続きました。その時、二人のやりとりを黙って見ていた父が、初めて口を開きました。

「一人娘の初めての晴れ着やないか。けちけちするな。少々高くても、気に入ったんやったら、それをこうて(買って)やれ。振袖買うのは、この子にとって一生にいっぺんのことやないか」と・・・。

この父の鶴の一声で、この菊の振袖は遂に私のものとなりました。私はもう嬉しくて嬉しくて、この振袖が好きで好きで、成人式に初めて袖を通した後は、お正月、お友達の結婚披露宴、と毎年必ず着ました。その回数はゆうに10回を超えているでしょう。そして結納の席が、私の最後の振袖姿となりました。

帯、長襦袢に小物も一式、今でもそのまま大切にしまってある振袖ですが、時々取り出して衣桁にかけて眺めるたびに、あの秋の展示会の日と自宅で丹前を着てくつろぐ、着物好きだった父のことを思い出します。

<近況>
横浜市在住。外資系企業で10年ほど会社員生活を送りましたが、昨年8月に思い切って退職し、現在は主婦専業でのんびりと読書三昧、ネット三昧の毎日です。父の影響で着物好きなため、この振袖から始まって、訪問着、付け下げ、小紋に紬に木綿絣と、この20年の間にいろいろと手持ちの着物は増えましたが、やはり「この一枚!」の着物と言えば、振袖です。もう一度(といわず何回でも)着てみたーい。武蔵屋さん、今度ぜひ、振袖パーティを企画して下さい!

館長からのメッセージ

尾下さん、プレッシャーをかけていただき、ありがとうございます。ぜひ、想い出キモノを着る会を開きましょう!! その時は、菊花の精ですね。

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