振袖(想い出キモノ館)

鶴岡英子さんの想い出

この着物は、もとは私の二十歳の振袖でした。今は姿を変え、小紋になっています。 私の実家は、土浦で芝居の興行と旅館を生業としております。高校を出ると、私も芝居の巡業についていくようになりました。幕張りや木戸番など男性顔負けで働き、夜はドラム缶のお風呂に入って、舞台に蚊帳をつって寝る、そんな毎日でした。昼間、宣伝のため役者さんとトラックの荷台に載って顔見せに歩きました。そんなときは、私もお化粧をして着物を着ていったものです。顔見せに行くと50円のお駄賃をもらえたことを覚えています。

19歳の時でした。そんな生活がいやだった私は、鎌倉の叔父を頼って、家を出てしまったのです。叔父は東京に出たい私に、知り合いの寿司店の仕事を紹介してくれました。今でも忘れることのない御徒町の寿司屋さん。朝の8時からよる12時まで、一所懸命働きました。そこの女将さんにはとても可愛がっていただき、二十歳になったある日、一緒に上野の松坂屋でこの着物、振袖を選んだのです。半分出させて欲しいという女将さんの優しい言葉を断り、自分で貯めたお金で求めました。着物は、結婚してまもなく染め変え、袖を詰めて今の形に。長男の五歳の祝いに着ていきました。故郷を捨てた私を支えてくれた、私の土台となった着物なのです。

館長からのメッセージ

五歳のお祝いをされたご長男は、ご両親を残し天に召されました。人一倍、苦労の多かった鶴岡さん。その度に、このキモノに励まされたのでしょうね。

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