新潟県の柏崎(かしわざき)出身の母は、北国の女性らしく色白の美しい人でした。その母の嫁入りのお道具として、祖父母が用意した丸帯です。
結婚は大正10年、母が20歳の時だったといいます。当時でも高価なものだったそうですが、「帯は錦をしめろ」という言葉どおりに、奮発したのだそうです。母は、結婚して千葉県の市川で弁当屋さんを開業しました。私も子供心に、店を切り盛りする母がお祝いの席でしめていたこの帯のこと、よく覚えています。


新潟県の柏崎(かしわざき)出身の母は、北国の女性らしく色白の美しい人でした。その母の嫁入りのお道具として、祖父母が用意した丸帯です。
結婚は大正10年、母が20歳の時だったといいます。当時でも高価なものだったそうですが、「帯は錦をしめろ」という言葉どおりに、奮発したのだそうです。母は、結婚して千葉県の市川で弁当屋さんを開業しました。私も子供心に、店を切り盛りする母がお祝いの席でしめていたこの帯のこと、よく覚えています。
