昭和初期、母は「東京新橋」で芸者をしておりました。私たち家族は、東京大空襲まで銀座に暮らし、今思うと贅沢な生活をさせていただきました。着物や帯は戦火で焼失してしまいましたが、なぜか髪飾りと写真は、千葉の実家に疎開させてありました。この櫛は地味ながら非常に髪映りが良く、母の大好きなものの一つでした。写真がカラーでないのが残念ですが、若かりし日の母の艶姿です。私も踊りや三味線が大好きで、母の血を受け継いでいることを感じます。


昭和初期、母は「東京新橋」で芸者をしておりました。私たち家族は、東京大空襲まで銀座に暮らし、今思うと贅沢な生活をさせていただきました。着物や帯は戦火で焼失してしまいましたが、なぜか髪飾りと写真は、千葉の実家に疎開させてありました。この櫛は地味ながら非常に髪映りが良く、母の大好きなものの一つでした。写真がカラーでないのが残念ですが、若かりし日の母の艶姿です。私も踊りや三味線が大好きで、母の血を受け継いでいることを感じます。



