マニアックレポート

六曜がどうやって決まるかご存知ですか?

なにかにつけ六曜を気になさる方がいらっしゃいます。根強い信者です。では、暦の中で六曜がどうやって決まっていくのかご存知でしょうか? だれかすごい霊能力者が決めているのでしょうか? お手元の六曜表記のあるカレンダーをご覧ください。並び順に一定の順序があることがおわかりいただけると思います。

「先勝」→「友引」→「先負」→「仏滅」→「大安」→「赤口」→「先勝」・・・・・

と、このような順番です(上の写真参照)。ところが、ずっと順を追っていくと順番がずれるところがあります(下の写真参照)。一カ所ずれて、また規則的な並び順に戻ります。ずれるところは一ヶ月に約1回あります。このずれが六曜を神秘的なものに見せているのです。平成の安倍清明(あべのせいめい、平安時代のカリスマ陰陽師)が占いでもして決めているのかなぁと。。

残念ですが、平成の安倍清明は存在しません。六曜のずれる理由が、すなわち六曜の決め方によるものなのです。六曜は、実は旧暦の暦に対応して決まります。決め方は以下の通り・・・。

旧暦一月と七月の朔日(ついたち)は、「先勝」になります。そして、そこから上記の決まった順がスタートします。

旧暦二月と八月の朔日(ついたち)は、「友引」になります。

旧暦三月と九月の朔日(ついたち)は、「先負」に。

旧暦四月と十月の朔日(ついたち)は、「仏滅」に。

旧暦五月と十一月の朔日(ついたち)は、「大安」に。

旧暦六月と十二月の朔日(ついたち)は、「赤口」。それぞれ、二日目からは、決まった順番で進んでいきます。いたってシンプル。毎年同じ。簡単な法則で決められているのです。しかし、現在のカレンダーに旧暦の日付の表記はありませんので不可解なところで六曜の順番が飛び、ありがたがる人を増やしているわけです。上の写真のように旧暦に日にちの表示もあるカレンダーですと、注意深くご覧いただければ旧暦の月が変わるときに六曜の順番が飛ぶことが分かるのですが。

息子や娘の七五三。お日柄を見てお祝いの日どりを決める方も多いでしょう。旧暦では、十一月十五日は必ず「先勝」です(上の写真参照)。旧暦十一月の朔日(ついたち)は必ず「大安」ですから順に数えていけば十五日は「先勝」。旧暦では、十一月十五日が「大安」や「友引」になることは絶対にありません。ちなみに武家が元服の儀をおこなった旧暦の一月十五日も「先負」。私たちの先人が、六曜で年齢儀礼の日にちを決めていなかったことは、このことから明らかです。お日柄を気にされるのでしたら、11月15日や1月15日という日にちをもっと大切にすべきではないのかなぁと思いますが、いかがでしょうか。

年齢儀礼だけではありません。お節句を見てください。旧暦一月七日「人日」は、「先勝」。三月三日「桃の節句」は、「大安」。五月五日「菖蒲の節句」は「先負」。七月七日「七夕」は「先勝」。九月九日「重陽」は「大安」。続いて暦の雑節。十五夜は「仏滅」(上の写真参照)。十三夜は「先負」。ね。。ここまで申し上げれば、日にちそのもの持つ意味の方が優先されていたことがお分かりいただけたと思います。七五三の日柄でお悩みの方、少し解決策になりましたでしょうか。。

ページの先頭へ戻る