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阿部由紀さんの想い出

現在から23年前、大学受験を目前に控えた2月のことでした。元気だった母が体調不良を訴え、大学病院の診察を受けました。診断名は「乳癌」でした。母のことが心配で病院に同行していた私は、帰りのバスの中で母より病名を告げられ、目の前が真暗になり人目も構わずに大泣きした事を、まるで昨日の事のように覚えています。

県外へ進学を希望していた私は、進学を断念し地元の短大へ進みました。病院と学校とを往復する毎日を送っていました。そして卒業を間近に控えていた頃、地元で呉服屋をしていた祖母が、私の為にと言って成人式用の振袖を持って来てくれました。

目にもまばゆいその振袖は、桐竹鳳凰の地紋の織り込まれているややアイボリーがかった生地に背中からは赤い鹿の子絞りと金箔の雲取りが重なっており上前には色鮮やかな花が咲き乱れ、随所々に金糸で刺繍があり、手に触れてみると、何とも言えない絹の感触が伝わって来ました。帯は黒地に金色の立涌、その間に朱の花菱が連なっているものでした。

それに袖を通した私の事を、目を細めて眺めていた母が「早く良くなって一緒に写真を撮りたい」と事ある毎に、口癖のように言っていました。しかし、その約束を果たせないまま、45歳という若さで帰らぬ人となりました。成人式も市の要請で平服と言う事で、当日は振袖に手を通す事無く終わりました。

そんな母との想い出の一杯詰まった振袖を再来年、成人式を迎える娘が着たいと言ってくれました。私と振袖姿の娘と一緒に撮った写真を、亡き母の仏壇に飾ろうと考えている昨今です。

館長からのメッセージ

今では、お仕事以外にも、お茶のお稽古等に精一杯頑張っていらっしゃる阿部さん。振袖をお召しになったお嬢様と一緒に映った写真をご覧になったお母様は空の上からいつまでも笑顔で、阿部さんを見守ってくれる事と思います。